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今地球上で最も強いのは誰だろうか?



権力で言えばアメリカの大統領か。


パウンドフォーパウンドの呼び声高いメイウェザーか、あるいはゴロフキンか、はたまたマニー・パッキャオか。


地球上で最も人気のあるスポーツ「サッカー」の頂点のヨーロッパリーグ、直近のバロンドール(年間最優秀選手)、クリスティアーノ・ロナウドか。


速さで言えばウサイン・ボルトか。 
 

スピードで言えばセバスティアン・フェテルか(今シーズンは微妙だけど)。

身体ひとつで空を飛ぶウイングスーツパイロットの伊藤慎一か。
 

身体能力という意味ではアメフトの選手もすごい。


NBAの選手も当然すごい。

最終的にはやはりヘビー級の格闘家に軍配が上がるのかもしれない。

はたまた彼らの彼女や(彼氏や)奥様というのが答えなのかもしれない。 


しかし、このアニミスムの国、日本人に聞くとけっこうな割合で(圧倒的に男性に多いだろうが)こう返って来るはずだ。


「地上最強は範間勇次郎である」と。


そう。言わずと知れたバキの父親である。


あのマンガのすごいところ、最も革新的なところは、あの手この手、あらゆる方法を用い、主人公にとって、いや、人類にとって最大の敵、「父親」という存在がいかに最強の生物であるか、という表現を執拗にくりかえす点にあると思われる。

それは主人公を際立たせるための手法であるのだろうが、もはやそんなレベルを超えて、「範間勇次郎」は強い。


曰く「地上最強の生物」

その理由は彼のどこにあるのだろうか?

答えは、範間勇次郎最強伝説のはじまり、誕生の際に明かされている。


彼を身ごもり、いよいよ、出産が近いというときに、勇次郎の母親は、何者かの声が聞こえる。

その声は、「産め」と言っている。

産め、と強要され、母親は赤子を産む。声の主はもちろん、範間勇次郎(ベイビー)である。



そのとき使ったテレパシーのようなものは、範間勇次郎の持つ武器のひとつに過ぎない。彼は他にもたくさんの能力を有しているが、それは今回の主題から外れるので、興味ある方はぜひ読んでいただきたい。


なぜ、彼は強いのか。それは、人よりも圧倒的に抜きん出た力があるからである。そう、範間勇次郎は超能力者なのだ。


さて、我らがパチンコ業界にもそのような御仁がおられる。


スーパーひとしくん先生である。


言動を見聞きする限り、彼は超能力者である。ぼくはこの手の人が嫌いではない。ぼくがそのような言動をすることは(たぶん)ないが、それでもこういう存在が、市場の消費意欲を煽る側面は多分にあるからだ。

そもそもの話、出版業界でたびたびベストセラーになる本は、けっこうな割合で超能力者の提言である。


「~は~で治せ」だとか、「~に必要なたった~個のこと」だとか、「~に学ぶ~の方法」だとか。 


経済を回している、という意味では、超能力者たちは(それが似非にしろ、本物にしろ)、多大な貢献をしているのである。

何より人体におけるプラセボ現象は、科学的に証明されている。「病は気から」その気になったらオーハラ。
病に臥せている少年のもとにあらわれたスーパースターのかける言葉が少年の病気を吸い取って、その少年が後のスーパースターになるというような話には夢がある。

が、超能力というものが本当にあるかどうかということは、ぼくはあまり興味がない。「愛の反対は憎しみではなく無関心だ」という格言があるが、その意味でぼくは明らかに愛が欠落している。嫌いではない、と書いたが、正直なところ、どうでもいいのである。ぼくはスーパーナチュラルパワーの周辺にいる人々に興味を持てない。

 

しかし、ウサイン・ボルトの身体能力は、我々にとってみれば、超能力である。マイケル・ジョーダンは神だった。手塚治虫も神だった。神と称されるパイオニアたち、あるいは一国の首相や大統領に選出されるくらい傑出した政治力を持つ人物は、もはや超能力者みたいなものだ。

しかし、そんな話は我々には関係がない。

同じように、地球上で誰が一番強いのか、という疑問には答えがない。答えが出た瞬間に、その人間はひとりぼっちになってしまうからだ。
たとえば地球を破壊できるような爆弾のスイッチを押す人間というのがその答えのひとつではあるが、そんな選択をする個人が生まれることはない(と信じたい)。

超能力、スーパーナチュラルパワーがあるかどうか。あるならあるで、有効活用する道を見つければいいし、ないならないで、普段どおり生きればいい。

ということで、現実的理想主義者(スロ人と文人のハイブリッド)の寿は、超能力者の言葉から、愛をもって別の真実を抽出してみようと思う。
負の遺産も遺産。現実的かつ有効的な活用法というのがあるはずである。

「オスイチ」

たとえば、ナンパをマスターしようと願っている若者にとって、その言葉は神の言葉になりえる。手ごたえのあるもののみを狙え、レスポンスのあるもののみを狙え、というのは、コミュニケーションにおけるひとつの真実に違いない。
これこそ、オカルトから出た真である。ぜひ、ナンパをする際は、参考にしてみてほしい。そして成功したら、「オスイチ!」と叫んで欲しい。どこであれ、叫んでいる人は、そこが世界の中心なのだから。

が、相手が人間だと途端に怖気づいてしまう、超能力にも路上のルールにも優位性を見出せない我々スロ人は、レスポンスうんぬんよりも、数字とともに、生きていこう。数字とともに、下ブレを乗り越えよう。それでも無理なら、魔法の呪文を唱えよう。
収束「シュウソク!」 収束「シュウソク!」収束「シュウソク!」

オカルトをよりどころにするのはしんどいけれど、精神安定剤的に使う分にはいいですよ、ね。 
たとえ収束なんてしなくても。

ね。 

 

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