以前は大人数で行動することもあった。

飲み会だとか、花見だとか、忘年会だとか、新年会だとか、そんな類のイベントは、むしろ好きなほうだった、と思う。
今は誰かと会うといっても、ほとんどはサシ。大人数で飲むことなど皆無。別にそれを嘆いているわけではなく、集団に属さない限り、集団には入りづらいというただの事実を書いている(負け惜しみみたいなものですな)。

これは、十数年前に都内某桜の名所で起きた、実際のできごとである。

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誰が花見をしようと言い出したとか、何人いたとか、そういう細かいことは忘れた。とにかく、花見だった。花の下で行われる、宴会だった。
最初は普通に飲んでいた。
そして、一気大会がはじまり(一気という言葉が、まるで前世の記憶のように懐かしく感じる)、場が暖まり、王様ゲーム、と誰かが言った。

「王様ゲーム」日本文化を代表するシャイネスと同調圧力に対する弱さを逆手にとり、おまけに酒の力も借りる、まるで悪魔が考案したかのようなゲーム。誰がつくったかは知らないが、「オレオレ詐欺」と並ぶくらいの悪魔的な才能である。
「王様だーれだ?」
「~番と~番がキス!」のあれである。

キングと呼ばれていたひとりの男子がいた。なぜキングなのかは知らないし、思い出せるとも思えない。少なくともぼくは彼のことを王様だなんて思ってはいなかった。でも、キングはこの王様ゲームで、自らのキングぶりを証明するのだった。

キングが王様を引き当てたとき、にんまり笑って「8番が王様にキス」と言い、「8番だーれだ?」と声色を変えた。男子が手をあげる。「却下」と王様は冷静な口調で言う。「では、7番」女子の手があがる。「7番が、王様にキス。王様の命令は、ゼッタイでアール」

ぼくは満開の桜の木を見上げ、錯乱した王様の行動に、やれやれ、と思いながら、缶ビールを口にした。

そのとき手をあげたのは、マギカさん(仮名)だった。マギカさんはマギオくん(仮名)の彼女枠で参加していた。つまり、この中で唯一のカップルだった。
マギカさんは彼氏にお伺いを立てるように、アイコンタクトを交わした後、キングとキスをした。全員酔っていたし、キスくらい別に挨拶でしょ、くらいのノリだった。欧米か。
が、欧米の名誉のために言うと、こんな風に一時的に人権を消失させるようなゲームはありえない。たぶん。まあそんな話はいい。

マギオくんはただちに、マギカさんの口を洗浄するように、熱のこもったキスをした。
周りで見ていた何人かがはやし立てる。

この後、なぜか、マギカさんが立て続けに誰かとキスをすることになり、その度に、マギオくんはマギカさんにキスを求めるのだった。
「ねえ、チュー、チュー、チュウ、チューは? チュウ、チュウ」


ネズミか、おまえは、とぼくは思った。酒の入っていたぼくは思考と同時に口に出した。

「ネズミか、おまえは」


そこにいた十数人は笑った。

まるで他人ごとのように書いているが、ぼくとて、同調圧力をはねつけるほどのパワーはない。ぼくが王様になれば、同じようなレベルの、しかし多分にエロスを含んだお題を振った。
指名されれば誰かとキスをした。残念なことに、男女比率は、7:3くらいで男が多かったから、相手は男ばかりだった。男の胸をもみしだくこともあった。
そんな単純なことで、みな笑った。
 
いつ果てるとも知れぬ、王様ゲームwithキング。

誰かとマギカさんがキスをする。
そしてマギオくんが「チュウーチュウー」と哀しそうな顔で言う。

段々とマギカさんが彼の態度にヒいていくのが見て取れた。 

調子に乗ったキングは、番号などを無視し、王様を引き当てた時点で「マギカが王様にキスー」と言った。

マギカさんも酒が入っていたのだろう。むしろノリノリで王様とキスを交わした。ますます調子に乗ったキングは舌をいれはじめた。

ネズミ男が「チューチュー」と言う。
マギカさんは無視をする。

ネズミ男が「チュウ、チュウは?」と言う。
マギカさんは聞こえていないふりをする。

ネズミ男は、実に哀しそうな声で、ふたりのキスシーンを見ながら、チュウチュウ言っている。

頭がクラクラした。
その場を立って、トイレに向かった。


風が吹くと、咲き誇る桜の枝から、花びらがはらはらと落ちていく。四月とはいえ、頬に当たる風は冷たい。
正直、ぼくはたぶん、酒の席であったとしても、自分の彼女があのような行動を取るのを座して黙っていることはできない。 チュウチュウもたぶん言えない。

ぼくは小さい人間なのだろうか? と思う。
タバコに火をつけて、ふう、と吐いた(自分がタバコを吸っていることも、前世の記憶のようだ)。
煙は空に向かってするすると立ち昇り、どこかの地点で消失する。 


ふと、思う。ぼくはもしかしたら団体行動が向いていないのかもしれない、と。集団の利益よりも、個人の尊厳のほうが大切だと思うのは、おかしいことなのだろうか? いや、そもそも自分ひとりさえ御せないのに、集団の暴走を止めることなんてできるわけないじゃないか。

ゲーテは言った。

「コントロールの効かない行為は、 
どんな種類のものであれ、 
その行き着く先は、破滅だ」と。

あのふたりはたぶん別れるだろう、とぼくは思った。 

タバコを消し、灰皿に捨て、ついでに携帯灰皿の中のシケモクたちを片付けて、ぼくは少し散歩をすることにした。桜がきれいに咲いていた。そしてその桜の下では、老いも若いも大人たちが酒を片手に大声で何かを語っていた。ところどころで歓声があがる。みな笑っている。無礼講、という古い言葉を思い出した。桜は嫌になるくらい、本当にきれいだった。

戻っても、まだマギオくんは「チュウチュウ」言っていた。

ぼくの不吉な予感通り、彼らはその後、すぐに別れていた。


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