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「プロムナード」ピエール=オーギュスト・ルノワール

人生で最大のギャンブルは恋愛である、というのが持論である。



ぼくはへたれだから、スロット以上のドキドキに耐えることができず、したがって大博打は不可能。

そんな時間があるなら文章を書く、という傾向あり。


が、そんなことはどうでもいい。


ともかくあれは、二十歳だとか二十一歳だとか、大人というよりも、中人という言葉がぴったりな精神を持っていた頃のこと。


その若者は、自分よりも数歳年下の女性と付き合っていた。


付き合う、という言葉には語弊があるかもしれない。いわゆる日本語で言う「付き合う」という状態は、「つきあおっか?」「うん」という極めて日本的なプロセスを経てしかるべきで、その頃の彼らにそういうものはなかった。


が、一般的な尺度から見れば、付き合っていたといってもいいと思う。要するに、全地球的な「付き合う」という状態だった。まあ、そういうことである。


何となく、毎日が明るく華やいだものになる。その何となくが、人間の精神に与える恋愛の一番の恩恵だろうと思われる。


が、その期間は極めて短かった。たぶん二週間くらいのものだったと思う。


原因は、一通のメールだった。


何の前触れもなく、

前後に何の文脈もなく、

若者のもとにこんなメールが届いたのだった。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころころころころころころころころころころころころころころ……」


無限連鎖のごとき負の感情に埋め尽くされたメールを開いたとき、若者はどこか、異次元空間にでも迷い込んだような感覚を覚えた。眩暈がした。


「何だこれ」と若者は思う。でも、何かの間違いだろうな。冗談という可能性もあるしな。楽観的な若者は、気を取り直して、メールを返信した。

「ずいぶんと殺し屋として成長しましたね。ぼくはうれしいです。ところで、ぼくは何か悪いことはしましたか?」


すぐさま返信があった。

「元彼に送ったメールを転送してみたんだけど」


よくよく話を聞いてみて、若者はふむ、と思う。

悪いことされたの、おれか。


これはものすごく単純な、そしておそらく、個人的にあまり好きではない心理学の話である。


元彼に対する愛憎と若者に対する懺悔の気持ち、たぶん自分に対する後悔と懲罰を野菜炒めのようにフライパンで炒めたようなメールなのだった。


これはもちろん、若者が老成し、はじめて出てきた意見である。その当時の若者は、ただ単に落ち込むことしかできなかったし、うだうだぐだぐだの夜を幾たびも幾たびも迎え、しかし何とか乗り越えたのだった。

もちろん、恋愛はひとりでするものではないのだから、片方の意見ばかりをとりあげるのはフェアじゃないかもしれない。


あるいは、女性側から見た場合、若者に対する不平不満が渦を巻き、そのような行為に及んでしまった、ということもあるかもしれない。


それはわからない。

ともかく、事実としては、若者はそれ以来、その女性と会うことはなかったということだけである。


数ヶ月が経った頃、その女性から電話がかかってきた。

「今何してる?」と聞かれ、
若者は、 

「友だちとカラオケしてる」と答えた。


「あいかわらず元気だねえ」


「まあね」


「元気そうでよかったよ」


「そっちこそ」


「それじゃあね」


「うん」


何のための電話なのかさっぱりわからなかったが、若者は携帯をポケットにしまい、振り切るように熱唱するのだった。


何を。

「デビルマン」の歌を。

 

人は哀しみの淵に沈んだとしても、そこから立ち上がり、歌が歌える。



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