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「日没」フランソワ・ブーシェ

少し昔の話。


高校の頃の同級生が亡くなったという。わかった。明日、通夜ね、ぼくは電話の向こうの同級生にそう言った。


式場は立派な建物だった。ぼくは記帳し、受付のスタッフに香典を渡し、香典返しの引換券をもらい、同級生たちにまぎれ、パイプ椅子に座った。


ぼくたちはまだ三十になったばかりだった。いや、なってないやつだってまだ大勢いるはずだった。すすり泣く声がそこここから聞こえた。人徳、あったんだな、と思った。死因は不明。そりゃ色々あるんだろう。けれど死因のわからない働き盛りの人間の通夜に参列する同級生たちの顔は暗かった。

しかし一様ではない、人によって様々に神妙な顔をしている。涙で崩れているやつもいれば、それほど仲が良くなかったからか、あるいは哀しみを処理しきれないのだろうか、置き所のないひきつった顔をしたやつだっている。それでも暗い顔であることは一致している。こんなところで暗くない顔をするのは難しい。けらけら笑っていたら叩き出されるんだろう、とか思う。父親の葬儀にすたすた入っていって塩を投げ撒いた織田信長はすげえな、とか思う。


十数年ぶりに会う同級生の中には驚くべき変化を遂げている人間が何人かいた。そしてその中でぼくだけが仕事をしていなかった。

死んでしまったことと、激太りすること、激痩せするということ、変な髪形をしていること、性別が変わっていること、または全然変わっていないこと、どれが一番大きな変化なのだろう? と考えていくと、わからなかった。重い空気がねっとりと絡みつくように降りてくる。


気づくとお坊さんがお経をあげていた。お坊さんの声がマイクに拾われ、式場を包む。ちーん、という鐘の音。ぽくぽくぽくぽくという木魚の音(その音は否応なく一休さんを想起させる)。誰も喋らず、誰も動かなかった。でも、鼻をすする音だけは聞こえた。スタッフのアナウンスと共に親族から焼香が始まった。


棺の中には遺体がしまわれている。だけどぼくはその棺よりも、飾られた写真の方に彼を感じる。これはどういうことなんだろうか? 遺体は彼であって、もう彼ではない。そういうことなんだろうか。焼香の番がやって来る。ぼくは、彼の写真に向かって手を合わせた。

焼香が終わり、お経が終わり、散会となった。最後に棺の小窓から故人とのお別れができるという。そこには白くなってしまった彼がいた。もう笑わないし、怒らない。彼のその表情が変わることは二度とないのだ。

今度は彼の顔の前でしっかり手を合わせ、遺族の方たちに一礼して、香典返しを受け取って、ロビーに下りた。


飲みに行く、という同級生たちに別れを告げ、ぼくは外に出た。外は真っ暗だった。てくてく駅まで歩き、電車を待った。がたごと電車に揺られた。地元の駅に降りると人がたくさんいた。そういえば今日は土曜日だった。誰かと何か、話がしたかった。たまらなくそう思った。


ある光景がよみがえってきて、ぼくは立ち止まった。


あれは十年以上前のこと。


ぼくはパチンコを打っていた。

気づくと彼が隣にいて、「おう」と言った。

ぼくも「おう」と返した。

「出てるね」と彼は言う。

「うん」とぼくはうなずく。

「いいね」

「で、おまえは何やってんの?」

彼はパチンコを打つこともなく、ぼくの隣に座り、ただ、ぼくの打っているパチンコを見ているのだ。

「え、おまえのこと待ってようかなと思って」と彼は言う。

「何で?」

「え、おごってくれるっしょ」

「(苦笑)」


彼はその日、しこたま呑みやがったのだった。あのパチ屋に行けば彼に会えるかもしれない。そう思った。でも、そんなわけがないのだ。

ぼくは塩っぽい唾を呑み込み、再び歩き出した。


家に帰り、香典返しの袋の中に入っていた清めの塩というのを見て、玄関でそれを自分に振ってみた。

でも、どうして清める必要があるのだろうか? 

香典返しの日本酒を飲みながら考えたけど、わからなかった。眠りが訪れるまで、酒を飲んだ。なかなか寝付けなかった。それでもいつの間にか一日は終わっていて、そして、新しい一日が訪れていた。ぼくは目を開け、立ち上がる。それからあくびをした。顎が外れるんじゃないかというくらいの大きなあくびだった。
 

さて、パチンコ屋行くか。


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