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人間が何かことを起こすとき、そこには必ずモチベーションがある。
 

一縷の望みであろうと、期待をぱんぱんに膨らまそうと、普通、人間が何かをするときは、何かを期している。

その限りにおいて、およそあらゆる人間の行動はギャンブルである。ほとんどがギャンブルであるのなら、ギャンブルでないものを探すほうが簡単だ。ということで挙げてみる。

何かをするときに、ギャンブルでないもの。
 

1、やり直しの効くこと。ゲームにおけるリセットボタン。推敲作業。
 

2、なじみの店の味、信頼する批評家の薦める本、マンガ、映画、母ちゃんの手料理といった類の、これだけは、あれだけは裏切らない式の何か。本人の度量によるが、義理、情け、というのも可。
 

3、ギャンブルを仕切る胴元になること。リスクとしては、罰を受ける可能性と、以下の対策を迫られること。

 

4、イカサマ。
 

3には資本と知識が、または政治力が、4には神をも恐れぬ精神力と、そして何より技術が必要である。両者ともに、裸一貫いきなりできるものではない。

しかし、どんなにリスクのないギャンブルだとしても、人間というのは一度にたくさんのことができない、という制約がある。肉体はひとつしかないのだから(だからマネーゲームのポイントはいかに自分以外を動かすかに集約される)。
 

結局、人間の行動には、制約がついてまわる。プラス、時間という一方通行(不可逆的かつ一回性)の資源をすり減らしていることに留意したい。肉体がひとつ、人生が一度きりの以上、時間の流れが生から死へと向いている以上、すべてはギャンブルなのである。

そして、ギャンブルの方法はふたつしかない。
1、投機
2、投資

ギャンブルは普通、1、投機のことを言う。
では、2、投資とは何か。

スロット以外のギャンブルをほとんどしないぼくが言うのも何なのだけど、これだけは間違いない、と思っている投機と投資の違いがある。

それは、最高形を見るか、最低形を見るかの違いだ。

ああ、ゴッド引きてえな、と思ってハーデスを打つのが、投機。

ああ、この台(アナゴ)1200ゲームじゃん。天井まではまっても2万円いかないから打とう、というのが、投資。

投機であるか投資であるかの違いは、負けたときに、如実に現れる。

ふざけんなよ、マジで、こんなの聞いてねえよ、金返せ、と思ってしまうのが、投機。

しょうがないな。不運だったな、と思えるのが、投資。

裏を返せば、負けて金返せ、と思わないときのみに賭けるのが、投資なのである。
ギャンブルとは、徹底的に自己責任のゲームである。
自分の行動が、結果になって現れる。それは誰のせいにもできない。誰のせいにもしない。

ぼくがスロットを打つのが投資。
ぼくが小説を書くのが投機。

ぼくはお金をスロットに使い、人生を小説に使う。

書くこと、賭けること 寿


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