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風邪をひいて、治って、ただそれだけの一週間だった。

第六十三話「防衛網突破、ウイルス侵入、撃退できません

あるいは、ただの風邪ではなくて、インフルエンザ的な何かだったのかもしれない。真相は不明。けっこうな熱があったので、記憶がおぼつかないが、それでもわりと、文章だけは書いていたように思う。それがさらに熱を高めていた感も否めない。

第六十四話「儀式
第六十五話「物語のつづき

もう亡くなってしまったが、吉本隆明という批評家がいる。吉本ばななの父としても知られる、言論の世界の大巨人である。随分前の話だけれど、世間からは冷遇されていた感のある、新世紀エヴァンゲリオンについて批評をしていて、ぼくはたまげたのだった。そうか、批評というのは対象がどんなものでも成立するのか、と思った。

この本は本当に面白かったです。


といって、ぼくは批評家になりたいわけではないし、ぼくの文章の射程距離はきっとそんなに長くない。それでも、その全方位的な姿勢というのは、見習うべきだと思うし、受け継いでいくべきだと思う。
それともうひとつには、体調が悪化して非日常の淵に落ちたことで、何か壮大なことについて語りたい、と思ったのだと思う。何にせよ、魔法少女たちの一挙手一投足をおっさんが熱く語っているサマは狂気を帯びていて、よろしいと思われます。

第六十六話「祖国の存亡はこの一戦にあり 台湾の学生による国会占拠に思う

自分が動けば世界は変わる。少なくともぼくは世界は変わるはずと思って文章を書いているのですが、もちろん、世界はそう簡単に変わったりしない。
病床にいるぼくは、台湾の学生の奮闘に励まされました。当地こそ、世界が変わっていく最前線である、と。

矛盾するようですが、小説家の役割は、アンチ政治であることだと思っています。どうしたって政治というのは、主語が曖昧になってしまう側面があります。そしてその曖昧な主語にこぼれ落ちる人が必ず出てくる。今も昔も、政治の役割は利害調整だからです。そして、絶対的権力は絶対的に腐敗する。
マスゴミマスゴミととかく悪者のように扱われるメディア業界ですが、マスコミというのはそもそも権力チェック機構であり、だからこそ権限があるわけであり、その権限はアンチ権力に使わなければいけない。誰のために? 市民のために。その意味でいえば、現政権のおべっかを言うメディアというのは、マスコミではありえないわけです。そうはいっても日本のメディア業界は一貫して一貫性が見られませんし、権力チェック機構としても機能しているようには思えません。すべては藪の中、という政治の性質を明るみに晒すスポットライトにならなければいけないのに。伏魔殿たる政治の世界と一般家庭をつなげるコネクターにならなくてはいけないのに。

お題目は非常にわかりやすいはずです。
「政治家は市民のために、マスコミも市民のために、そして市民は?」

いいです。ぼくは個人でできることをするだけです。
ひとつだけ断言できるのは、小説家が政治家に転身するのをぼくは好まない、ということ(ゲーテは敬愛していますが、あの時代と今では時代が違いますし、当時のヴァイマルは大国ではありません)。作家は断じてポピュリズムに迎合してはいけないし、文章より自己顕示欲を優先してはならない、と考えています。
このあたりを話し始めると長くなってしまうので、折を見て文章にできたら、と考えております(消されなければ、ですがw)。

ともあれ、政治と個人のありかたとしては、村上春樹の姿勢を強く支持しています。


もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。

そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。あるいは時間や歴史が決定することです。もし小説家がいかなる理由があれ、壁の側に立って作品を書いたとしたら、いったいその作家にどれほどの値打ちがあるでしょう?   ”

村上春樹 エルサレム賞 受賞のあいさつより抜粋


第六十七話「病み上がりのジレンマ
第六十八話「病み上がり稼働日誌 上
第六十九話「病み上がり稼働日誌 下

稼働を記す上で、してはいけないのはデータの細工でしょう。
ただ、実際にあったことをそのまま文章にするのは無理がある。そこで取捨選択が迫られるわけですが、いやあ、当初の目論見の倍くらいの文字数になってしまって、反省。特に上は急いでアップしてしまった弊害がモロに出てしまって読みにくいですしね。すいません。

何も特別なことはしていないし、自分で書いていても、格別面白いとは思わないし、むしろオナニーを見せろといわれているみたいで面映いけれど、自分の行動を省みるいい機会ではあるのかな、と思います。
それと、利点としては、稼働していて、これはブログに書ける行動なのか? という風に、自分を戒めるひとつの楔になってくれることですね。そうなると、ブロガーというのは、ある程度品行方正にならざるを得ず、台をぶん殴ったりはしないでしょうし、プッシュボタンのある機種をデモ画面に律儀に戻したり、カイジの頭上データ機ピカピカ現象を四ゲーム回すことでリセットしたり、他店メダルを持ち込んで使ったりもしないでしょうし、風紀委員的な側面があったり。今のスロットで利を得ようとしているのだから、聖人君子のはずはありませんが。

それにしても、バジリスク絆は3連以上しないようになっているのでしょうね。明らかにストッパーがある(錯乱状態)。BT一回目に巻物を四回引いて、単発、というのもありました(涙)。


スロットつまんねえ、となる前に、何か楽しみかたを見つけなければいけないような気がしています。もしかしたら視点が悪いのかな、ゲンノスケさまが弱すぎるのだから、伊賀を応援すればいいのか。そうか。

今週こそ、不発の約定を解きにいく。

伊賀方寿


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