生まれて初めてひとりで酒を飲んでいるのは、期待値オトコである。
道がある、と彼は思う。一本の道だ。おれはその道をただ何となく歩いてきた。時に立ち止まり、時に迷い、それでも何とか歩いてきた。歩いてきた、はずだ。
……でも、この道の先にあるのは行き止まりなんじゃないか?
期待値オトコは残っていた生ビールを一息に飲んだ。わからなかった。ジョッキが空になり、彼は同じものを注文する。
ほどなくしてビールが届き、彼は再び急角度にジョッキを傾ける。
……ふう。
居酒屋の喧騒は彼の心をほんの少し落ち着かせてくれた。
少しは貯金があるのだ、と彼は思う。でも……
後二週間で消費税が上がる。すでに換金率が変わった地域があるという。このあたりでも下がるのではないか、という噂がある。等価向けの台を非等価で打つことへの憤りを感じる。が、そんなことを言ったら、いつまでこんな風にパチンコ屋で期待値を追えるかなんてわかったものではないのだ。
先が見えなかった。
スマホを見ると、ラインが入っていた。
「今どこ?」
「飲んでる」と返す。
「どこ? 行くわ」と返ってくる。
店の名前を入れる。
数分後、ああ疲れた、という表情でオカルトおとこが現れた。
「何ひとりで酒なんて飲んでんの?」
「わりいかよ?」
「あ、させん、おれもビール」
ほどなくして届いたジョッキで、ふたりは乾杯した。
「どれくらい出た?」と期待値オトコは言った。
「七千枚」オカルトおとこはにやりと笑う。
「すげえな」とまったく表情を変えずに期待値オトコは言う。
「キャバクラ行こうぜ」とオカルトおとこは言った。
「何で?」
「今日はおごるからさ」
「いらっしゃいませ」とボーイが行った。
ふたりがL字型のソファに座ると、しばらくして、女の子がふたりやってきた。
「はじめまして」と言われ、期待値オトコは無言でうなずいた。そしてごくんと唾を飲む。
「ふたりは友だち?」と聞かれる。
期待値オトコはうなずく。
「焼酎でいいですか?」と聞かれる。
期待値オトコはうなずく。
彼は明らかに緊張していた。
横でぷしゅんぷしゅんと焼酎と氷の入ったグラスに水をつぎ足す女性をちらと見る。世間一般で言う美人ではないのかもしれない。しかし、どこか彼の心を捕らえて離さない魅力が彼女にはあった。
実は期待値オトコ、これが初めてのキャバクラだった。
生まれて初めて入ったキャバクラで、自分の好みの女の子が横につく。パチンコ屋でありがちな、ビギナーズラックである。
1/65536を引き当てたときのように固まった期待値オトコを見て、「人生で一番のギャンブルはな」とオカルトおとこは言った。「恋愛だ」
おまえに何がわかるんだ、と思う期待値オトコだったが、何も言い返せなかった。
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