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さて、みなさん、真顔で芸能人になりたいと言う人間に会ったことはありますか?

いやあ、それはもう、とてつもなく太い神経の持ち主である。


ただただテレビが好きで、芸能界が好きで好きでしょうがなく、ついでみたいな感じで演技をしようとスクールに入ってくる人物はけっこういた。ぼくはポール・ニューマンになりたかったのだ。彼のしぐさに憧れて、彼のようなかっこいい人間になりたくて、この世界に入ったのだ。当然、話が全然合わなかった。
 

その筆頭がOくんである。

Oくんとは一緒にレッスンを受け、一緒に芸能界最下級戦士の仕事をこなした。ぼくが疲弊しきっているときも、彼は嬉しそうだった。だって芸能人に会えるじゃん、が口癖だった。


そのうちに、Oくんはこんな風に思ったのだろう。おれがしたいのは演技ではなく、芸能界の近くにいることだ、と(たぶん)。

で、彼は早々に役者をあきらめ、マネージャーに転身したのだった(彼曰く、スーツを買ったらなれたらしい)。そしてやっすい給料をもらいながら、「今日はザギンっすか、ギロッポンっすか、テッペン回るっすか?」真顔でそんな発言をするようになった。

おまえ正気か? と思った。
 


悪いことに、彼がぼくの担当になる。で、各地のデパートをめぐるどさ回りのような着ぐるみショー(真夏)や、二日拘束(バス泊)の再現ドラマ(ほぼエキストラ)や、正気では乗り切れないような仕事をじゃんじゃん持ってくるのだった。

「これ、やんないっすか?」というのが、その頃の彼の口癖だった。

「いや、やんないっす」というのが、ぼくの口癖になっていった。

「キャリアになるっすよ」

「いや、いいっす」

代わりにレッスンに精を出した。映像の仕事にうんざりしていたこともあり、とある劇団の練習に参加させてもらったり、ちゃっかり公演に出演させてもらったり、幅を広げようと殺陣を習ったりもした。


そのうちに、Oくんが役者への給料をもって消えた。


彼が担当していたのは十人あまりだったから、そこそこの金額ではあったのだろう。

ぼくの分の未払いは、2000円×10くらいか。そういえばOくんは、麻雀の負け分も払わない男だった。

怒りよりも、失望のほうが大きかったし、何よりも、彼のその後の人生について考えざるをえなかった。彼はたしか、まだ十代だったのだ。
ぼくは失意の中も、レッスン通いを続けた。その後Oくんがどうなったかは知らない。

しかしその事件は、意外なところに影を落とすことになる。

表面には現れなかった怒りや失望は、芸能界そのものに対する価値観を一変させてしまったみたいだった。ぼくの中で、芸能界の象徴がOくんになってしまったのである。
今までの不満が一点突破で噴出してくるようだった。とたんにレッスンに身が入らなくなった。

もちろん、素晴らしい人物は芸能界にもいる。というか、素晴らしい人ばかりなのだ。そんなことはわかっている。大物なのに気さくな人や、目配り気配り心配りの達人が芸能界には大勢いた。有名ではないが、ある先輩の役者は、いつもこんなことを言ってはげましてくれた。「俳優は、人に非ず、人を憂う」と。
俳優の優は優しさなんだ、と言ってくれた先輩もいた。
が、残念ながら、ぼくは人だった。
他人よりも自分を憂う、別段優しくもない、ただの人だった。

頭ではわかっているのだ。これが夢破れた人間のやっかみにも似た感情であることを。ぼくがポール・ニューマンに抱いたように、束の間でも何でも、夢を見させてくれる存在が、どこの世界にだって必要なのだろう。
 

でも、ぼくは、今でもテレビを楽しんで見ることができない。 
 

つづく


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