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「鍬を持つ男」ジャン=フランソワ・ミレー

その頃、ぼくの経歴はこんな風になっていた。


テレビドラマ、Vシネマ、映画、CM等多数出演(ほとんどエキストラ)

バラエティ番組の名前複数 (やらせ要員)

舞台「怪人百太郎の丸秘事件簿」北別府吾郎役 (すべて仮名)

舞台「ナスビ婦人と黄金色」達川太一郎役 (すべて仮名)


こんな役者、ぼくがスタッフ側だったらいらない。


あまりいい思い出がない役者生活ではあったが、講師に言われたことを、今でも思い出すことがある。


「なあ寿」と講師は言った。「役者に求められているのは、個性なんかじゃないぞ」

「どうしてですか?」とぼくは言い返した。個性こそが役者の決め手ではないのか?

「演出家が求める通りの演技をして、それでもにじみ出てくるのが個性だ。自分の思う通りの人物を演じるのはただのマスターベーションだ」

「先生は今まで何人の役者志望を指導したんですか?」

「さあな、何百人、いや、千人は超えるだろうな」

「何人が有名になったんですか?」

「ゼロだ」


先生、ぼくがその一人目になりますよ、と強がった。講師は苦笑した。

強がってはみたが、それから一週間あまり、考え込むことになった。 ぼくは今何をしているのか? 何になりたいのか? 何者なのか?

 
初期衝動に戻るべきだ、と思った。それでレンタルビデオ屋で、スティングを借りてみることにした。
 

そしてぼくは、そもそもの出発点がおかしかったことに気づくのだった。ポール・ニューマンがかっこいいことと、ぼくが役者を目指すことの間には、接点がひとつもないではないか!(なぜ最初に気づかなかったのか?)
 

いや、もっと正確に言うべきだろう。
 

ぼくの憧れたヘンリー・ゴンドーフは、ぶっちゃけた話、クズである。酒に溺れる詐欺師である。しかし、やるときはやる男であり、ポール・ニューマン以外に彼を演じることはできないのだった。ポール・ニューマンという人がどういう人間であるかは関係なく。

結局、「スティング」という映画でポール・ニューマンが演じたヘンリー・ゴンドーフという人物が、ぼくにとってたまらない魅力があった、というだけなのだった。


そして、あたりまえのことだけど、オリジナルの作品があれば、その他にスティングは必要ないのだ。ヘンリー・ゴンドーフは世界でひとりだからこそ、尊いのである。 


あるいは、ぼくはこういう風に思うべきだったのかもしれない。「ああいう演技ができる役者になりたい」と。

しかしながら、そうではなかった。ぼくはヘンリー・ゴンドーフのようなかっこいい人物になりたかった。要はかっこいい人間になりたかった。ただそれだけだった。
演技、関係ねえ……

自分がとてつもなく、とんでもなく、はんぱなくかっこわるく思えた。


銀行の口座には30円くらいしか入っていなかった。無性にスロットが打ちたかった。

技術介入機をしこしこ打っていた時代から結構な時間が経っていた。出玉への熱狂がひと段落つき、北斗(初代)や吉宗(初代)のゲーム性がもてはやされていた。

いきなり現役に復帰することは難しいだろうと思った。そもそも元手がなかった。
 

で、パチンコ屋で働くことにした。時給1300円とかだったと思う。エキストラから考えると信じられないくらいの高待遇だった。


初めての給料で涙が出そうになった。


でもそのうちに、これ、割悪くね? と思うようになった。人間はどこまでも強欲なものである。


つづく



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