書くこと、賭けること

どうもはじめまして。スロ小説家のブログです。

すべての書かれたもののうちで私が愛するのは、自分の血で書かれたものだけだ。
血で書け。そうすればきみは、血が精神であることを経験するだろう。

フリードリヒ・ニーチェ 永井均訳
「ツァラトゥストラはこう語った」
読むことと書くこと、より

第八十五話「この味を忘れない」

ヒキが、ヒキが、と思い煩うのは、ある意味、選ばれし者の悩みなのかも、と思う。

ヒキだけが問題なのだとしたら、その人の行動は改善の余地がないほど正しいわけで、だからこそ、ああ、ヒキさえあれば、となるわけだ。

というのも、今日ぼくは、ヒキ云々ではなく、完全に、実力で、負けた。ぐうの音も出ないほどの手痛い敗北だった。振り返ってみて、なお思う。要するに、これは、完全に自分のミスである、と。

ある程度立ち回りが定まってくると、ケアレスミス以外のミスをあんまりしなくなる。宵越しのゲーム数を計算間違いするだとか、機種のゾーンを間違えて覚えるだとか、データ機と実機のゲーム数のずれに気づかないだとか、云々。
けれど、今日のぼくのミスは、そういうレベルをはるかに超えた、元中日ドラゴンズ宇野氏のヘディングクラスのミスだった。

簡単に言えば、「設定の入っていない店で必死に設定を追いかけた」 のである。

まさにネギを背負った鴨である。

血眼になって設定を探し、探し、探した結果、夜を待たずに、一日に想定しているお金の大半が露と消えた。そして気づく。設定なんて、なかったんだ、と。
今年一番の負け額である。
その店におけるぼくの優位性はもろくも崩れ去ったわけである。
ハイエナだけをしていると、こういうことはあまり起きない(お金がなくなることはあっても、こういう精神状態にはならない)。

でも、この負けは、明日につながる可能性がある。

どうしてか。
今、とても悔しいからだ。

悔しい気持ちを消火させるには、また、消化させるには、また、昇華させるには、会心の勝利という形でしかありえない。

ということで、モチベーションアップ。
この心のふるまいを、ぼくは逆噴射と呼んでいる。

ただし、破産する人間のほとんどは、そうしてヒートアップした結果であることを、忘れ無きよう。

押忍!


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第八十四話「この世にあるすべてのブログが伝えようとしていること。ぼくの考えていること」

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「エトワール」エドガー・ドガ

「完璧なノンフィクションなどといったものは存在しない。完璧なフィクションが存在しないようにね」


ブログに書いてあることを信じてはいけない。というよりも、この世界にあるすべての言葉を鵜呑みにしてはいけない。しかし、疑うだけでは意味がない。


たとえばスロットを打ちに行く。最初に打った台で3万負けて、次に打った台で3万勝つ。

すると、どうだろう。勝ったような気分にならないだろうか?



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第八十三話「けだし」

けだし、という言葉を使いたいのだけど、なかなか機会がない。


あべしではない、射駒タケシでもない、けだし。


「けだし」 

まさしく、ほんとうに、たしかに、という意味の副詞である。

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      (画像はウィキペディアより) 


ところで、今年はちょうどワールドカップイヤーである。

開催地はブラジル。日本の裏側である。


人間には悲観的な人と、楽観的な人と、ふたつのタイプに分かれると言われる。

前者の代表は日本人であり、後者の代表はブラジル人である、と、日本人の好むステレオタイプなたとえ話では使われる。


この話は矛盾をはらんでいるのだが、とりあえずはいい。


ということで、ぼくもステレオタイプな話をしてみようと思う。


視線が外に向かっている人は、大体自分勝手な人なのだろう。

だからがんがん海外に出かけられるし、そこであった嫌なことや奇妙な体験を吹聴できるのだ。 

それにはある程度のがさつさが必要だし、へこたれない、人を利用することを苦にしない愚鈍さが必要である。


視線が内に向かっている人は、大体自意識が過剰なのだろう。

杞憂、他人のことで悩むのもそう、将来について思い煩うのもそう。

その代わり、自分の内面世界を充実させようと躍起になる。厳密な宗教儀式のようにかっちりとしたルールだったり、おそろしいまでの几帳面さであったり、そこを突き詰めてしまうと他人とコミュニケーションが取りづらくなるにもかかわらず。


でもね、人間はしょせん人間なのだ。そしてぼくは、自分で定義した前者の資質も後者の資質も多分に持ち合わせている。というかそもそも、この両者はぼくのことである。


自分で一般化させておいてなんだけど、ぼくはステレオタイプな議論が全然好きじゃないし、そもそも自分の住んでいる国がサッカーに負けて失神したり、ショック死してしまうのは、楽観的な人間のふるまいには思えないし、国民の税金を使って途方もない無駄遣いをする人たちが悲観的なようには到底思えない。
 

正味の話、ブラジルにはおよそ150万人の日系人が住んでいるといわれ、あたりまえのことだけど、その人たちはブラジル人である。そして日本には、在日ブラジル人が35万人ほどいるそうだ。彼ら彼女らは楽天的なのか? 悲観的なのか? そういう議論にはあまり意味がないように思う。


仲間はずれをつくるために行われる「定義づけ」がぼくは嫌いである。

パチンコ屋に行く人間はもれなく「人格破綻者」であるとか(まあ遠からず的を得ているところもあるのだが)。

酒を飲む人間はもれなく「反社会的傾向」にあるとか(まあ遠からず的を得ているところもあるのだが)。

ブログを毎日書いている人間は「根暗のひきこもり」であるとか(そうかな?)。


人生を振り返ってみて、一番テンションの高いときの自分と、一番テンションの低いときの自分は、果たして同一人物と言えるのだろうか?


人間は程度の差こそあれ、みんな病的だ、というのがぼくの見解である。


同じステレオタイプなら、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損損」というほうが好きだ。


「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損損」


阿波踊りの有名な出だしであるが、けだし名言である(あ、言えた)。
 


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作者 寿
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ふと思う。スロ歴ってどれくらいなんだろう? 今年で19年? そんな経つ? ピーいれたいね。スロットばっか打ってるわけじゃなくて、普段は小説書いてんすよ。ちっとも売れないけどね。つうか売ってないしね。けどこのブログだと読めんすよ。フォウ!

ブログポリシー「my rights sometimes samurai!」
当ブログは、寿という人でなしが小説を書くなかで、
また、スロットを打つなかで、
はみ出たものを一所懸命につづったものです。
基本的に毎日更新してはいますが、
毎朝グビグビ飲めるというほどあっさりした、
また、健康的な文章ではありません。
油ギトギトのラーメンというほどではないと思いますが、
胸焼け、食あたりを起こす可能性がある由、ご留意くださいますよう。

また、コメントは大歓迎です。
引用ももちろん大歓迎ですが、引用元の記事を明記していただけると幸いです。
それでは今日もはりきって行きましょう! どこへ? パチンコ屋へ。
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